ray , self produce diary

思ったことを他人が読めるように書く練習。

ボケとツッコミと居心地と

一体わたしは何者になれるのだろう。


全員と仲良くする必要はないとよく言う。その言葉に甘えて多くの人との関わりから逃げた。そんな中でも一人ぼっちにならないで済んだのは、偶然にもグループ分けされたコミュニティがあったからだ。


きっとこの繋がりがなかったら苦しい場面がたくさんあった。幾度となく助けられてきた。みんなで仕事をしてきて、楽しい時もたくさん過ごした。


それでも、気遣いに疲れることがある。つまらないと感じることがある。無理して笑うのも、笑わないでいるのも、どちらもしんどい時がある。


助けてくれたのに、大切にしないといけない人たちなのに、どうしてこんな感情を抱いてしまうんだろう。


居心地のいい他のコミュニティと、こことの差は何なのだろう。


そう思って、ふと、ボケとツッコミの差なのかな、と気づく。


きっと私はツッコミがヘタクソだ。

語彙力のなさと表情の乏しさが相まって、面白くするどころかただ辛辣な言葉を投げかけるだけになってしまう。

それなのに、きっとここではボケが多いのだ。そしてこの空間で私はあまりボケられない。


一方、私が居心地の良さを感じるコミュニティはツッコミのセンスが良い人が多く、気持ちよくスルスルとボケられる。しかも、ツッコミが要らないくらいのパンチのあるボケをする人も多いので、それだけで楽しい。


ボケとツッコミと、両方の絶妙なバランスが居心地の良さを作っていたのだ。

今までのコミュニティで考えてみても当てはまる。


そして、無理せずどこでも楽しくやっていける人になるには、ボケとツッコミと両方のスキルアップをすればよいのだ。


何者になれるかは、生まれ持った性格の問題ではない。


努力次第で、わたしは何者にもなれる。