ray , self produce diary

思ったことを他人が読めるように書く練習。

恩師

ゼミの教授が亡くなった。

恩師と呼ぶにはまだ早いつき合いだ。


参列者がそれぞれの想いを語る中、自分の気持ちを言葉にしようと考えてみたが、想いは溢れる所かどこかでつかえて、同じような言葉が巡るだけだった。

何もないわけない、けど、何かあるというにはあまりに言葉が足りない。


先生の人生を振り返る会の中でありありとわかる、偉大な人格と功績。

この人の下で学びたかった。先生の考えていることをもっと知りたかった。

先生が与えてくださるたくさんの機会を経て、きっと私は成長できたはずだ。

先生の元に集まる人たちからも刺激や影響を受けて、繋がりを得て、そこから更なる機会を得られただろう。


先生の教えと人脈と機会。

そうだ、それが欲しくてここに来たんだった。


そして、その欠片は、一端は、確かに得たのだ。

何もないわけない。


本来先生が持っているものと比べれば、得たものは本当に一端にすぎず、二度の機会で知り合えた先生方からすれば私は学生さんのひとりとして名前も与えられていない。

けれど、それでもこのひと握りの人脈と、機会と、そこから得た学びは紛れもなく先生が与えて、遺してくださったものなのだ。


先生に教えてもらいたかったことは、先生の教えを受けた人たちから教えてもらおう。


先生。

きっと私は先生のような人にはなれない。多くの人に愛される純粋で優しくて向上心のある人。広い視野で愛を注ぐ人。目指すのもおこがましいくらい、先生は眩しすぎる。


でも、私は私らしさを大事にして、私にしかなれない先生になりたい。なりたい自分になって、自信を持って、胸を張って先生とまた会いたい。


先生が恩師になるかどうかは、これからの私次第なのだ。


chanceを掴める力を、少し背伸びして、身につけていこう。